新舘俊輔のブログJiE 日本情報流通株式会社
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2006/06/28

耳の痛い話

前回、株主さんとの話を通して、言葉と行動について書きました。

そのときに思った、「なんで我々は耳の痛い話をわざわざ聞きたがるんだろう」ということについて書きたいとおもいます。

わざわざ叱られるために人から話を聞くというのは、たぶん誰にとってもあまり
気分の良いものではないと思います。

なんで、苦しいことをあえてやるように、人間っちゅうのはできているんだろう?という疑問が生まれます。
(苦しいことがキモチイイ人種もいるんだ、という話には触れません。その人にとっては、そもそも キモチイイわけですから、今回はそういうことについての話ではありません・・)

苦言・箴言を好んで聞くという態度には
すくなくとも私にとっては、二つの意味があります。

一つは、「もっと苦しいことを避けるため」に、苦しいことをする、というものです。
だれでも注射を受けるのは(痛いので)いやなものですが、「注射をうけなければもっと苦しいことになるだろう」と頭で分かるから、苦しみを我慢するわけですよね。
(筋トレなども一緒ですね)
苦言もそれと同じで、「ここでお叱りをうけておかなければ、自分はヘンテコで小さい人間になってしまいそうだ」と想像できるからこそ、聞けるんだとおもいます。
そういう意味では、未来に対する想像力が必要ですね。

余談ですが、あまり体調のよくないときは、人からあえてお叱りをうけることをおすすめしません。インフルエンザの予防注射といっしょですが、少しは物理的ダメージもあるので。

二つ目には、相手の考え方や本音を知りたい、リアルなつきあいをしたいという気持ちがあるようです。
たとえいやなことを言われても、うそをつかれるよりはよっぽど嬉しい。
加えて、苦言というのは、云うほうにとっても割りとしんどいものです。そういうことを云って貰えるというのは、
なかなかないことなので、それもうれしいんですね。
しるコト、よいコト。」ではありませんが(宣伝・・・)これからも心がけていきます。

死んでくれ、というたぐいを除けば(死んでは改善しようがないので・・:-)
これからも皆様、 どしどし苦情・苦言・箴言をお待ちしております。


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投稿者 shindate : 2006年06月28日 00:00

私は、新舘社長よりほんの少し長く生きておりますが、トシを重ねると苦言や忠告をしてくださる方が、減っていくように感じております。ですので、「今」いろいろ言ってくださる方を大切に、そして頂いた言葉を素直に受け止めることが、人間を大きくするように思います。
また、あえて苦言を呈してくださる方は、その時は非情にも思えますが、本当に困った時には、実は真の優しさで接してくださる方だと思います。。。
これからも頑張って下さい。応援しております。そして、このブログも楽しみにしております。

投稿者 隠れ宿の女将 : 2006年06月28日 22:00

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