「デジタルサイネージバブルを斬る」第三回 サイネージは置くだけで広告媒体になるのか?
前回、「サプライヤの視点から」と予告しましたが、今月から数回は「広告媒体としてのデジサイ」という切り口で考察します。
デジタルサイネージは徐々に広がりを見せ、私たちの会社にもデジタルサイネージ向けコンテンツの制作依頼を多く頂いています。そんなとき、多く耳にするのがこんな話。曰く、-人が多く通過する場所なので、注目されるだろう。-先ずは実験的に設置してみる。-広告主がついてくれば、収益が生まれて、みんなが潤う。…言葉を選ばずに言えば、広告頼りの、「獲らタヌ」です。でも、人が通る場所にデジサイを置けば、それだけで媒体になりえるのでしょうか。
・「媒体」は既に存在し、淘汰されてきた
そもそも、デジタルであろうがなかろうが、”看板”や”ポスター”はこれまでも存在していました。電車、街頭、待合室、あるいは店舗入り口などなど。それらは長い歴史の中で試行錯誤され、取捨選択され、淘汰され、生き残ってきた「媒体力のある」スペースなんだと思います。裏を返せば、いま(紙や看板などの)媒体が設置されていないスペースは、何らかの必然性があるために媒体になり得なかったのではないでしょうか(勿論、まだ”盲点”はあるかもしれませんが)。
・残されているのはデッドスペース?
いっぽう、デジタルサイネージを普及させたい人々の一部は、(性急に?)とにかく空いているスペース(大型テレビを置けるスペース)を探してしまう。結果、サイネージを置いた場所は、街や店舗の「デッドスペース」でした-というケースも散見されます。皆さんも、思い当たるふしがあるのではないでしょうか?とはいえ、これは些か致し方ないことでもあります。すでに”一等地”は広告やインフォメーションで埋め尽くされ、既存のビジネスが廻っているのですから。
・あせらずに、街はゆっくりと変化する
デジタルサイネージは、”街”や”空間”をフィールドにしたメディアです。街や空間は、自分のスピードで、ゆっくりと変化していきます。なのだから、デジタルサイネージも、お店や街の変化するスピードにを追い越すことはなかなかできません。街やお店と、一緒に成長していけばよいのではないかな、と思います。
投稿者 shindate : 2009年11月28日 17:55
|